るるむく日記

趣味にひた走るつれづれの日々

Letters of Tolkien No.87-88


Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

 

 

 
87:1944/10/25 クリストファー・トールキン宛て
 
お前の楽しみ(と私は願う)と批評のために「指輪」をもう少し送る。4巻を完成させるためにもう2章、そして5巻と指輪の最後を終わらせたいと思っている。
 
今日は長い手紙を書いた。そして(もちろん)お前の誕生日の前にまた必ず書くつもりだ。
 
[アメリカの12才の少年からの熱狂的なファンレターの引用
ホビットがとても気に入って11回読んだこと。ホビットはもっとも素晴らしい本であると考えている、ということ。他に書いた本があったら題名を教えてくださいということ]
 
もしこのようなほんの少しの水がそれほど酔わせるものになるなら、良き人の穀物の幾千もの粒が不毛の石の地面に落ちるに違いない。
しかし私は自分がそのような滴りさえをも与えることををゆるされたという、神の恵みや幸運を感謝すべきだと思う。
 
おまえは「指輪」が完成してその渇きに届くと思うだろうか?
 
88:1944/10/28 FS58 クリストファー・トールキン宛て
 
この空虚な年は鈍い灰色の陰鬱な暗闇に消えゆこうとしている。ゆっくりした足どりで、しかしながら、素早く消えゆく。
来年は、そして次の春はどんなものになるだろうか?
 
 
 
 
88はとても短い手紙です。そしてなぜか87はナンバリングが抜けています。FS57と58の間の日付ですが。
アメリカの子は本当に‘Gee Whiz’なんて言うんだね、とかも書いてあってなんだか微笑ましい。

Letters of Tolkien No.86


Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

 

 

 
86:1944/10/23 FS57 クリストファー・トールキン宛て
何かするには時間がないように思われるし、いつも疲れを感じていて、むしろ、うんざりしているといった後に「冒涜的な言葉について」の見解を述べています。
突然出てきたように思えるけれど、クリストファーさんとのやりとりの中で何かそういうことがでてくるきっかけがあったのでしょうか?
 
 
 
教授は聖書からのことば
「父よ 彼らをお許しください。彼らは、何をしているのか( -あるいは言っているのか- )自分でわからないのです。」を引いています。
そして、もともとの背景の知識や畏れなしにそういった言葉を使うことに大きな差はないとか(手紙では"damn you" という言葉を例にしているのですが、 May God damn you. がそもそもにあって、そこには神の存在やその大きな力に対する恐怖や懼れ、があった筈なのだが、今はそういうのなしでつかうよね、もうそういうの知ってても知らなくても違いはないよねという事なのかと私は思ったのですが)
性的な言葉と神聖な言葉の両方とも、過去の感情の影以外のいかなる内容も含まなくなった など書いています。
 
そして、「私はそれが悪くない事だとは思わない。それは明らかにとてもうんざりさせる、悲しませる、気をおかしくさせるものだ。」
とも書いています。
 
うーむなかなか難しい。
 

 
 
 
 

Letters of Tolkien No.84 - 85


Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

 

 

84:1944/10/12 FS55 クリストファー・トールキン宛て
 
火曜日からまた書き始めようとしたが、この段階においては重要な、フロドの動向と、他のできごとの動きとの間での日にちの同期に関しての、恐ろしい間違いに気が付いた。多くの章をなおす必要がある。
とにかく book5を書き始めた。
今日、Dublin Reviewに「二グルの木の葉」を送った。
 
85:1944/10/16 FS56 クリストファー・トールキン宛て
 
混乱している指輪の年代記に苦心してきたが、私はついにそれを解決したと思うー 小さな地図の改変と、エントムートの追加の日を差し入れるのと、トロッターの追跡とフロドの旅(前に送った最初の章の小さな改変:モランノンからイシリエンへの2日)に追加の日を入れる事で。
私はまた講義があり、「Pearl」にも取り掛かっている
 
旅の仲間が離散してそれぞれがそれぞれの旅をしているところの整合性を取るのに腐心していた様子です。「一方こちらでは」は読む方はいいけど書く方はたいへんですね。
そしてまだこの時点でもアラゴルンはトロッターなの?? という疑問。
ストライダー」になったのはかなり遅くだったのでしょうか???
 
 

Death in the Devil's Acre

 

 

 

Death in the Devil's Acre 第一章 347/3865

 


Withers巡査がDevil's Acreの端の通りで男が殺されているのを発見。男は刺殺された上に男性器を切断されていました。
男はDevil's Acreには不釣り合いな身柄で、請求書から、彼はDr. Hubert Pinchinで、 住まいはDevil's Acreからほど遠い23 Lambert Gardensであることがわかります。 ピット警部補は警察付の外科医であるメドウズから、こういった猟奇殺人は二件目だと告げられます。
ピットは警察署に戻り、最初の殺人の担当のパーキンス警部補を訪ね、一件目の概要と書類を受け取り、殺された男はポン引きで、死体は娼婦が発見したのだといいます。季節が冬のおかげでまだ遺体が残っていたところを確認したピットは死体の男に見覚えがあることに気付きます。かれは、Callander Squareでの殺人事件のころ、バランタイン将軍の家でフットマンをしていたマックス・バートンのように見えました。トーマスは将軍の家を訪ね、彼に身元確認をしてもらい、やはり彼はバートンであることがわかりました。


ということでトーマス&シャーロットシリーズの7巻目に突入です。
今度の殺人現場は1887年のDevil's Acre ここは、ヴィクトリア朝ロンドンのスラム街で、ウェストミンスター寺院の近くにあったそうです。
wikiはこちら https://en.wikipedia.org/wiki/Devil%27s_Acre
昔の殺人事件のあれこれがからんできそうです。どきどき。そういえばマックスって誰だっけ?と 思って前に読んだ記事を見返したら、バランタイン将軍家の娘とわりない仲になったのがばれて、家での勤めを辞め、スコットランドに行くように脅された人でした。スコットランドいかなかったのか・・・

 パーキンス警部補は前作での事件解決の件など、トーマスの働きを評価している模様。

どんどん味方ができて欲しい!!

 

市浦ハウジング&プランニングさんというところで近代のハウジングについてのおもしろい読み物があったので参考にさせてもらいました。
英国の近代のハウジングについて詳しくされています。すごくおもしろい!!

http://www.ichiura.co.jp/housing/

メリー・ポピンズ・リターンズ

www.disney.co.jp

観てきました。

そもそも 1964年のメリー・ポピンズは大好きなミュージカル映画。TOHO シネマズのハリウッド特報で知った時点でわくわくしていました。

ほとんど情報を入れないで見に行ったのですが、一作目や原作へのリスペクトを失わずに、新しいメリー・ポピンズを作り出したという感じでとても楽しめました。

映画ならではのアニメと融合した、ディズニーらしい表現もよかったけれど、点灯夫たちのダンスはちょっと舞台で観たいなと思ってしまいました。

大人になったジェーンとマイケル! マイケルは愛する人を得て失って、でもきちんと愛し、愛されてきた人だから、周りのサポートを得てきちんとまた歩けるようになったんだな、という印象でした。

こどもたちは3人ともお利巧すぎてちょっとせつなかったですが、だんだんこどもらしくなってきて安心。

ジェーンの活動はやはりお母さんの影響でしょうか、と思わせる前作をふまえたキャラクター作りだなと思いました。

 

そしてディック・ヴァン・ダイクさん、お元気で何より!!  生き生きした瞳がとてもチャーミングでした!

 

Letters of Tolkien No.83

83:1944/10/6 FS54 クリストファー・トールキン宛て

Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

Letters of J.R.R. Tolkien: A Selection

 

 

  普段とは違う興味深い一週間だった。火曜日の「鳥と赤子亭」でインクリングスの集まりをしていた時、奇妙な男が部屋の隅に座っているのに気が付いた。
彼はみなに背を向けていたが、私たちの会話に興味を示していた。私は彼が「躍る仔馬亭」のトロッターのようだと感じた。彼は突然に会話に割り込んできたが、すぐに、彼が詩人で軍人である、ロイ・キャンベルであることがわかった。
(ロイ・キャンベルは南アフリカ生まれのスコットランドアイルランド人の詩人で、1920年代にスペイン内戦でフランコの右翼群として戦った。第二次世界大戦開戦後、ナチズムを非難してイギリスへ。British East Africa で従軍していた時にケガを負い、その後イギリス、オックスフォードに戻ったところで、インクリングスを教えられたとのこと。)
ルイスの部屋で昨夜聴いたことをすべて思い出すことができれば、何通ものエアメールになるだろう。
ルイスとフェアな意見のやりとりと、少しばかりの喧嘩(意見の戦い)があった。
ルイスの反応は奇妙だった。
No83の手紙はロイ・キャンベルとのインクリングスでの出会いについて。キャンベルはカトリック教徒であり、詩人であり軍人であり、トールキンは彼が語る逸話のあれこれも気に入ったようですが、ルイスは彼がフランコ側で戦った事もカトリックに改宗した事も含め気に入らなかったようです。(そもそも彼と出会う前にキャンベルを風刺した記事を書いており、この時もそれを読み上げようと主張しました。)
 
 
この手紙の一部(半分くらい)はInklingsに引用されているので、「インクリングス」の249-251頁で読むことができます。インクリングスの話題の後に入っているクリストファーへの(多分前にクリストファーからよこされた手紙への返事と思われる)部分が何を示しているのかいろいろ難しくて全文翻訳で読みたかった・・・・